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東京高等裁判所 昭和39年(行ケ)23号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕二 原告は、本件特許発明はブローン明細書に当業者において容易に実施し得る程度に記載されていて、同装置から当業者が容易に推考し得るものであるにかかわらず、これを否定した本件審決は違法であると主張するので、まず、この点について検討する。<中略>

そこで、本件特許発明と右ブローン装置とを対比した場合、車輪移動のためにする車輪駆動用動力の伝動方法等の点において両者間に差異があるかどうかの点はしばらくおき、本件特許発明においては、轍間距離の調節(車輪移動)はクラッチ操作で行ない、車輪幅が最大または最小等の限定された位置になつた時における車輪移動の停止はクラッチに滑りを起すことによつて行なうのに対し、ブローン装置にあつては、轍間距離の調節はキャップスクリューの螺入により、また車輪移動の停止はキャッピスクリューの剪断による点において両者の間に差異のあることは、原告の自認するところである。

原告は、ブローン装置におけるキャップスクリューの剪断は内部部材の滑りであるから滑りである点において本件特許発明におけるクラッチの滑りと一致し、かつ、本件特許発明においても、車輪移動の停止後機械の破損等その後の復元に特別の困難を生ずるものでない限り復元性がどのようなものであるかを問うものではなく、クラッチとは自動復帰を要件とするものではないから、両者は滑りを利用する安全装置として同一であると主張する。なるほど、本件特許発明の要件は前記認定のとおりであり、かつ、本件特許の明細書の「特許請求の範囲」の項には原告のいわゆる自動復元性が明記されていないことが認められる。また、ブローン装置におけるキャップスクリューの剪断がキャップスクリューの材料を構成する分子間の滑りであることも、物理学的には肯定し得ることかも知れない。しかしながら、前記の「発明の詳細なる説明」の項の記載を参酌し、かつ、「クラッチ」なる用語は、一般には、一線上にある一軸から他軸へ動力を断続的に伝達し得る装置を意味することは我々の常識である事実(たとえば、我々の日常利用する自動車のクラッチを考えよ。)を併せ勘案すると、本件特許発明の要件にいわゆる「クラッチ」ないし「クラッチ操作」とは、原告のいわゆる自動復元性、すなわち装置の機械自体やその部品部材に故障破損を生ずることなく、格別の修理や部品の交換を行なうことなく当該装置を同一目的のために継続して使用し得ることを当然のこととして予定しているものと認めるのを相当とすべく、この認定に反する証拠はない。したがつて、ブローン装置において、車輪幅が最大または最小となり、車軸141の回転が阻止され、キャップスクリュー164に過負荷がかかることによりそれが剪断し、車輪駆動部分と車輪移動部分との関連が断たれ、車輪移動が自動的に停止した後、再び車輪移動を行なわせるためには剪断したキャップスクリューを取り除き、改めて新しいキャップスクリューを取り付けることを不可欠とする構成は、ひとしく車輪移動の自動停止ないし安全装置であるとはいうものの、本件特許発明におけるこの点に関する構成とは技術思想を異にするものと認めるのが相当である。

したがつて、ブローン明細書は、本件特許発明の構成を示唆するものとはいえないから、本件特許発明がブローン装置から当業者において容易に推考実施し得るものであるということはできない。

三 また、原告は、しばしば過負荷の生ずる場合に過負荷解除クラッチを置換利用することは、本件特許出願前、農業機械技術においても基礎的な一般常識であつたから、本件特許発明はブローン装置とこの技術常識とによつて当業者の容易に推考し得たものであるとの趣旨を主張する。たしかに、<書証>によると、原告の主張するように、しばしば過負荷の生ずる場合にいわゆる安全層段クラッチ(ジャンプ・クラッチ)(安全クラッチまたは滑りクラッチともいう。)装置を利用することが本件特許出願前農業機械技術の分野で一般に知られていたことが認められ、この認定をくつがえす証拠はない。しかしながら、ブローン明細書によると、ブローン明細書には、車輪移動の自動停止に関し、<中略>クラッチによる伝動の断続による構成とは技術的に全く異なつた構成をとつており、クラッチによる断続の構成については全く示唆するところはなく、いわんや車輪が最大、最小またはその他の限定された位置になつたときにクラッチに過負荷を生ずるようにすること、ないし、その解決のために安全層段クラッチ(または過負荷解除クラッチ、安全クラッチもしくは滑りクラッチ)を利用し得べき可能性に至つては全く言及暗示するところのないことを認めることができ、これに反する証拠はない。

そうであるとすると、叙上原告主張のような根拠に基いて、本件特許発明はブローン装置に基いて容易に推考し得るものということができないとした本件審決の判断をもつて違法であるということはできない。

四 さらに、原告は、ブローン明細書は、キャップスクリュー164を用いた伝動断絶装置とは別個に、その他の装置を実施例として図示しており、キャップスクリューを用いる以外の装置の代替可能性を明らかに示唆していることを他の然るべき装置の置換利用、ひいてはブローン装置からの容易推考性の一根拠として主張する。なるほど、ブローン明細書添付図面第五図から第九図までには車輪移動のためにする動力の伝動断続の装置としてキャップスクリューを用いる装置(同第一図から第四図までに記載の装置)とは異なつた装置を実施例として掲げていることを認めることができる。しかし、同時に、右甲第四号証によると、右実施例もまた、動力の伝動の断続にいわゆるクラッチ、いわんや安全層段クラッチないし安全クラッチまたは過負荷解除もしくは滑りクラッチを用いる装置とは程遠いものであることは、右図面自体から一見明白であり、しかもブローン装置にこれらに関する示唆のないことは、すでに判示したとおりである。

そうである以上、過負荷解除クラッチないし安全層段もしくは滑りクラッチが本件特許出願前公知技術であつたかどうかにかかわりなく、先に三においてのべたと同一の理由により、本件特許発明がブローン明細書から容易に推考実施し得るものといえないとした本件審決を違法とすることはできない。

五 原告は、「伝動断続用のクラッチ装置」をトラクターの操作安全装置として使用することは本件特許出願前わが国において頒布された刊行物であるウイットレン明細書の第八図に明示されているところであるから、ブローン装置におけるキャップスクリューを用いた伝動断続装置に代えて叙上のクラッチを選択使用することは当業者が容易に実施し得るところであつたとも主張する。この主張について審究するのに、ウイットレン明細書<中略>によると、ウイットレン装置における車輪移動の作動および停止については、<中略>車輪が最大、最小またはその他の限定された位置になつたとき、固定クラッチ爪78とクラッチ爪76との間に滑りを生じ両者の噛合いが外れるいわゆる安全または滑りクラッチとして作動することについては、全く触れるところがないことが認められる。のみならず、とくにそのうちの添付図面によると、原告が滑りを生ずると主張する固定クラッチ爪78およびこれに噛み合うクラッチ爪と滑りを起す必要のないことが叙上認定によつて自明な反対側のクラッチ爪とはほとんど全く同一の形状をしているように表現されていることが認められるし、また過負荷がかかつた場合、固定クラッチ爪78とクラッチ爪76の噛合いに滑りを生ずる前に、他の部分、たとえば移動用軸の螺子部80と噛み合わされている移動環85に取り付けられているピンローラ86が折損し、これにより車輪移動のためにする車輪駆動力の伝動が断絶され、車輪移動が停止するということも、図面上全く考えられないわけではなく、さらに、ウイットレン装置は車輪移動における安全を確保するについて原告の主張する装置以外の構成が予定されていることは全く考えられない構成であると断定すべき根拠もない。このような状況である以上、ウイットレン装置が、原告の主張するように、その点に関する説明を全く欠いていても車輪移動の自動停止につきいわゆる安全クラッチないし滑りクラッチによる構成を採用していることを開示しているとは、到底認め得ないところである。この点に関し、原告は、ウイットレン明細書における明示的説明の欠如にかかわらずウイットン装置が安全クラッチ方式を採用しているものと認めるべき理由を縷々主張するのであるが、移動装置において手動停止について説明している以上自動停止についても当然それを考究採用していることが当然の技術常識であることを確認すべき証拠はなく(のみならず、たとえば手動ブレーキを採用しているからといつて当然自動ブレーキを研究採用しているというがごときは容易に考え得ない。)、また、米国においてたまたまそれより二〇余年前先に判示したとおりのブローン装置が特許されたからといつて、その後に特許されたウイットレ装置の発明者が当然安全自動装置を備えているものと推認すべき合理的理由や証拠はないし、さらに、波形のクラッチ爪が滑りを起すものとして一般普通にあらわされるクラッチ爪であることを首肯し得るに足りる確証も存しない。したがつて、この点に関する原告の主張は採用の限りではない。

叙上判示したところに、すでに前段において認定したとおり、車輪駆動力の車輪移動への利用につき、ブローン装置が「車軸141の突起部163に螺合されたキャップスクリュー164を大歯車126の孔165に螺入し、車輪の駆動を行なうことにより大歯車126の回転に連れ車軸141がキャップスクリュー164を介して回転させ、車軸141上の雄ねじと雌ねじ137との螺合により車軸141をして軸支持筒134に対して伸縮させて車輪15を移動する」構成をとるのに対し、ウイットレン装置は、叙上と全く異なり、「クラッチ操作杆81の操作によりクラッチ76をクラッチ爪77から脱し、クラッチ76の反対側を固定クラッチ爪78に噛み合わせることにより移動環85をしてねじ部80上を螺合回転させる」構成により行なうものである事実を参酌して考えると、本件特許出願前安全層段クラッチないし安全または滑りクラッチが一般に知られるところであつたとしても、本件特許発明がブローン装置にウイットレン明細書、とくにその第八図の示すところを参酌することにより当業者において容易に推考し得るものとは認めがたいところというべきであり、これを容易推考可能なものであるとして本件審決を違法であるとする原告の主張は、当裁判所の採用しがたいところである。

六 さらに原告は、本件特許発明は公知刊行物であるウイットレン明細書から当業者において容易に発明し得たものであると主張する。

すでに先にものべたとおり、ウイットレン装置が、トラクターの原動機からの車輪駆動用の動力を駆動用歯車72に受け、その他のいずこからも動力を受けることなく、車輪駆動と車輪移動とを行なうものであること、および車輪移動はクラッチ操作杆81の操作によりクラッチ76をクラッチ爪77から脱し、固定クラッチ78への噛合せに切り換え、クラッチ76と固定クラッチ爪78との連結により車輪駆動用動力を利用して行なうこととなつていることは、被告の争わないところである。もつとも、叙上の事実に甲第六号証を参酌して考えると、ウイットレン装置にあつては、車輪の移動開始に当つて、不移動の間クラッチ爪77に噛合していたクラッチ76をまず外し、これを固定クラッチ78に係合させなければならず、したがつて、同装置にあつては、車輪移動は車輪移動を行なわない間車軸15と共に回転していた移動用車軸73を、車輪移動を行なうに当つて、クラッチ76を固定クラッチ爪78と係合させることにより、車軸15と共に回転しないようにすることによつて行なわれるもので、被告のいうように動力を吸収するという形で行なわれると表現し得ないわけではない。しかしながら、叙上判示したところによると、ウイットレン装置は本件特許発明の要件のうち、「轍間距離の調節を車輪を駆動する動力の一部を利用して、クラッチ操作により行なう」という要件をみたしているものと認められ、この認定を左右する証拠はない。

原告は、ウイットレン装置は、叙上に加えて、車輪移動の安全自動停止装置をも含む構成のものであると主張する。しかし、ウイットレン明細書は車輪移動の自動安全停止については何ら説明言及するところはなく、いわんやクラッチの滑りを利用して自動停止を行なうのかどうか等に至つては全く開示または示唆するところがないことは、すでに五において詳細判示したとおりである。のみならずウイットレン装置における車輪移動は、

1 クラッチ操作杆81をばね79の押圧力に抗して回動することにより、クラッチ76の一方の爪を、ばね79の押圧力によつてはまつていたクラッチ爪77から脱し、クラッチ76の反対側の爪を固定クラッチ爪78に噛合させる。

2 移動用軸73はクラッチ76にキー溝で両者間に相対的回転が起らないように連結されており、クラッチ76は固定された枠体12に設けられた固定クラッチ爪78に噛み合つているため、移動用軸73は回転不可能の状態となる。

3 車輪駆動系部分と同一体となつて回転するリンク連結部39の車輪20と共にする回転は、固定された移動用軸73の端部のねじ部80に対する移動環85の回転を促し、移動環85を右または左方向に移動させる。

4 移動環85の左右方向への移動はそれに突設されたピンローラ86の左右移動となり、さらに長孔90で連結された揺動腕87の揺動軸60を中心とする回動となる。

5 揺動腕87の揺動軸60を中心とする回動は連動四辺形リンク43を介し、連動リンク42により、リム21を移動用軸73の軸線方向に移動させる。

構成によつて行なわれるものであることが明らかである。そうであるとすると、かりに、叙上の構成装置において、車輪幅が最大、最小またはその他の限定された位置になつたときにおける過負荷の解消の方法による安全自動装置を考える場合、過負荷のかかる箇所が数多く存在することは、叙上認定の構成を一見することにより常識上推認されるところであり、この過負荷の解消を車輪から多数の接続箇所を経たクラッチの箇所においてクラッチの滑りの方式によつて解消させるようにすることが必ずしも容易でないであろうことは、叙上の構成自体から推認するにかたくない。換言すれば、ウイットレン装置から滑りクラッチの採用による自動安全停止装置を着想実施することは、当業者にあつても必ずしも容易でなかろうと推認し得るのである。

以上判示したところを総合すると、本件特許発明がウイットレン装置から容易に推考し得るものとはいえないとした本件審決の認定を違法であるということはできないであろう。

七 最後に、原告は、本件特許発明はブローン装置およびウイットレン装置に開示されたところから当業者が容易に推考し得るものであり、これを否定した本件審決は違法であると主張する。

しかしながら、この主張もまた採用しがたいものであるというべきことは、すでにブローン装置およびウイットレン装置のそれぞれに関連して判示したとろこにかんがみても、およそ明らかであろう。

すなわち、ブローン装置は先に認定したとおりの構成により車輪駆動力を車輪移動に利用するものではあるが、その利用につきいわゆるクラッチ操作によるものとは認めがたく、また、車輪幅が最大、最小またはその他の限定された位置になつた場合における車輪移動の停止に関しては、キャップスクリューの剪断により車輪移動への動力伝達が断絶されることによつて移動が停止されることを開示しているにとどまり、移動停止をクラッチの滑りによつて行なう構成を示唆するものとは認めがたいことは、既述のとおりである。他方、ウイットレン明細書は、車輪駆動力の一部をクラッチ操作により車輪移動に利用する構成を開示しているとはいうものの、いわゆる安全クラッチの滑りにより車輪移動を自動的に停止する構造を開示しておらず、またそれを示唆しているものとも認めがたいことも、すでに判示したところである。しかも、叙上判示によると、ブローン装置とウイットレン装置とは、いずれもひとしくトラクターにおいて車輪駆動力を車輪移動に利用する装置であるとはいえ、その利用方式の技術的構成において両者の間にはいちじるしい相違があり、かつ、車輪移動の停止についても、ブローン装置がキャップスクリューの剪断によるのに対し、ウイットレン装置がクラッチ76の着脱によるものであること(ただし、それが自動的に行なわれる滑りクラッチであると断定しがたいことは先に触れたとおりである。)において、両者は技術手段を別異にするものといわなければならない。したがつて、当裁判所は、この両者のうちの一方の一部構成を他方に置換利用し、または両者の構成を総合する方法により本件特許発明のような構成の装置を発明することは当業者にあつても容易ではないと推認するのが相当であると思料せざるを得ない。そうすると本件特許発明がブローン装置およびウイットレン装置から容易に想到し得ないものと認定した本件審決を違法であるとすることはできない。

八 以上のべたとおりであるから、本件審決を違法としてその取消を求める原告の本訴請求は理由がないものというべきであるから、これを失当として棄却する。(服部高顕 荒木秀一 奈良次郎)

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